参道
奥に見える森のてっぺんまでこれから登ってゆきます
60歳以上の方は注意が必要です
お参りというより登山といいたくなるような険しい道のりです
「人の一生は重荷を背負って遠き道をゆくがごとし・・・・」
という徳川家康公の遺訓が頭の中でエンドレスで鳴り響くことになるでしょう
**体力に自信の無い方は日本平からロープウェイが出ていますのでそちらをご利用ください**
この石段は段差を低くして幅広く補修されています
負担を軽くして楽に登れるように工夫されています
絶景の一ノ門
やっと登り切った達成感と
この絶景の感動は忘れられません
登り切ったのかと思ったら
まだ石段は続いていました・・・・
本当に登りきると博物館があり受付が見えました
桜門をくぐると左手に家康公の手形がありました
天正八年(1580年)というと家康公38歳の誕生日の一か月くらい前でしょうか
前年の1579年に正室築山殿と嫡男信康を信長の命により殺害するという苦渋の決断を強いられた年でした
1580年 この年には従四位上を賜っています
そしてこの2年後の1582年には本能寺の変が起きています
余談ですが
442年ぶりの天体ショーで話題になった2022年11月8日の皆既月食と惑星食(天王星)のダブル天体ショーがあった442年前というのがこの1580年にあたります
家康公の手形の日付は天正八年(1580年)11月2日(旧暦)ですからなんとも偶然とは面白いものです
本殿
本殿の横から奥の神廟へと向かいます
神廟
すべて程よき 正直 慈悲深き
朝起き 潔き 辛抱強き 油断なき 稼ぎ 潰えなき 養生よき 家内むうまじき
木にかけての掛詞のようなもので
この祀られている木が「金のなる木」ではなく
家康公の逸話を具現化したらこんな感じの木かなということみたいです
しかし明日生きていられるのかも分からない戦国の世を 生き抜き 終わらせた 人たちの思いがこの言葉のなかに表されているのかと思うと感慨深いものです
受付の奥に日本平と繋ぐロープウェイ乗り場があります
休日などはとても混雑します
この地には以前久我山城がありました
おみくじ
今回のおみくじは桜門の家康公の手形の反対側にあるおみくじを引きました
連休の最終日の午後だったせいか
おみくじが残りわずかとなっていました
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